room58

~ Sunday, October 11 ~
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ベンチャーキャピタリストにはイノベーションを正しく見分けて育てる能力がない、という悪口もある。たしかに、Bessemerの有名なanti-portfolioを見ても分かるように、彼ら(ベンチャーキャピタリスト)は、GoogleにもAppleにもFederal Expressにも投資をことわったのだ(FedExは7回もことわられた!)。これらの、イノベーションに充ち満ちた企業が、もっと早く資金を得ていたら、今ごろどうなっていただろう。Googleなどのように、初期にさんざん投資をことわられても最終的には成功する企業もある。でも一般的には、VCは毎年、何万回も「ノー」と言わなければならない。だから、「イエス」と言うべきだった企業に「ノー」と言うこと(あるいはその逆)は、当然のようにある。

“VCはイノベーションを育てるべき”説は、GoogleやAppleのようなビッグネームに対しては通用しない。ああいう連中はいつもリスクの大きなスタートアップを作って、最後には名誉を独り占めしてしまう。つまりそれは、Sergey Brin(Google)、Jeff Bezos(Amazon)、Steve Jobs(Apple)のような連中だ。でも、ここで一言だけ言っておきたい: 会社を作るのはVCではない、会社を作るのは起業家だ。ベンチャーキャピタリストの資金が世界を変えないことを責めるのは、Viagraが結婚生活を救わなかったからPfizer〔製薬会社〕を責めるのと同じだ。つまりイノベーション云々という問題の所在はVCではなく、起業家側にある。

それでもやはり、ベンチャーキャピタリストはイノベーションにもっと積極的にコミットすべきだろうか? もちろん、できればそうしたほうがいいだろう。でもそれは、スーパーモデルたちが一緒にぼくの家に来てくれたら嬉しいな、という話と同じだ。それももちろん、願望としてはけっこう。しかしイノベーションは、スタートアップビジネスが結果として追い求める(ことができる)ものではなくて、最初の入力の一部として、あるとしたらたまたまある、という性質のものだ。最初から、結果としてのイノベーションを狙うスタートアップやVCは、すぐにこけてしまう。ベンチャーキャピタルの投資ビジネスは、それ自身がとても難しい事業だから、大仰な売り込みにだまされてディズニー映画のような夢を追っている余裕はない。〔訳注: 本物のイノベーションは、それがイノベーションかどうか、VCにもファウンダ自身にも最初の時点では分からない。…そう言って筆者は、VCに対する過剰期待を批判している。〕

ベンチャーキャピタリストには、次のことを期待すべきだ。初期段階の企業を見つけて支援し、新米経営者のさまざまな困難を解決してやり、その独り立ちを助けること。それと同時に、十分な利益を適正なタイミングで確保し、気の短い投資家たちに報いること。しかし、一度も間違った投資決断をせず、すべての投資で世界を変えるようなビッグなイノベーションを後押しして、批評家たちを満足させることは、できない。それは、VCというもののバグではなく、機能特性だ。


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